自分が求めるもの
最近、伊那食品工業の記事を読んだ。自分が18~20歳まで働いていた長野県にある会社だ。経営者の間ではとても有名な会社なので知っている方も多いと思う。以前から少しは内容を知っていたが自分もそんな会社にしたいと思い本を2冊買ってみた。ちょっと前にでた本なので、今更・・・と思う方もおられると思うが、自分にとっては今がタイミングなのであろうと思いたい。
震災後、いろんな意味で変革が求められっていると思う。個人のライフスタイル、企業のモラルと経営のスタイルもだ。政治は今回の震災でヘボさを露呈した。誰も責任を取らないで言いたいことを言ってるだけの現実に怒りを通り越してあきれている方も多いであろう。現場で日々自分の健康を省みずにがんばっている自衛隊、警察、ボランティアなどの方々のお力には頭が下がるし、ニュースを見、新聞を読んで涙することの多い毎日である。
しかし現実には3.11の午前と同じパラダイム、同じ枠組みのルールに戻そうとする力が存在する。自分は決してライフライン復旧を否定してはいない。自分もライフライン復旧恩恵を受けているからだ。自分が転換点に来ていると思うのは「人間の欲望に対する洞察力が必要なのではないか」ということだ。
他人よりもっと、他社よりもっと、今よりもっともっと・・・結果的にそれが社会の本当の幸福感になっていないと思う。一時的な手応えと、比較でしか得られない空しい優越感でしかない。恐怖心、他者不信からさらにもっとを望む。
自分もこの数ヶ月間、バイク欲しさにいろいろ足掻いているが、振り返ればその期間の自分はなんと自己中なことか。もっと自然体でも良かったのに、上を見すぎていた。
インドの映画「ムトゥ踊るマハラジャ」の中のセリフで印象的なのがあった。
「欲しがらなければ、世界はすべてあなたの物だ」
そうだよね・・・たとえ100億、1000億持っててもブランド品に埋もれてても「もっともっと」の人にとっては何も持ってないのと同じ。心の貧乏人である。
でも「今で十分」と思える人にとっては何でもあるのと同じ、心が満たされているのだと思う。
今回の原発事故の発端は人間の「もっともっと」が生み出したものであるように思えてならない。
話を元に戻そう。自分は社員にかなり支えられている。だから自分はもっと社員のために尽くさねばならない。そのための勉強として本を買いました。しっかりと読んで少しでも実行できるように努力します。
今日の一言「吾唯足るを知る」
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